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小さな漁村の箱モノ事情。

2013.07.04(Thu)

『地元のコト』 Comment(0)Trackback(0)
由良新聞記事


まだ自分は足を踏み入れてはいないのですが、
住んでる小さな漁村に、
新しいコミュニティーセンターが出来、
7/1より利用が開始となりました。

そこは、自治会(事務所)であり、
放課後にはうちの子もお世話になる
「子ども教室」にもなりますし、
夏になると小学校とかである、
「自然教室」的な、これは実際は
砂浜にテントを張るわけでしょうが
そういうのの基地的?使われ方だったり、
それと、地区の防災拠点といった
(屋上にはヘリポートもあるんだっけ?)
多岐にわたった、
いわゆるコミュニティーセンター、です。

いきなり生々しいですが…
6億でしたでしょうか、
投じて頂いております。

まぁ、私に投じていただいたわけじゃ
当然ございませんけど、
私も住む小さな漁村に、
それだけ投じて頂いたわけです。

小さな漁村の住民も、
何かしら負担はありましたし、
これから管理していかなければなりません。
どうぞ、住民だけでなく、
たくさんの方々からのご支援が
あったと思うと、住民以外の方々にも
広くご利用いただくべきものと存じます。

個人的に、
建ったことに不満があるわけじゃないのですが
4年前?に保育園が新築されたり、
何年後かに小学校は取り壊し?なのか、
この小さな漁村の、
箱モノ事情がいろいろあるなかで、
なんかもっとやり方あったんじゃ?
と思ってしまってなりません。

何か象徴的な箱モノと、
そこでのコミュニティが。


写真の新聞記事は、昭和39年のもので
今建ったコミュニティーセンターの、
前身だった建物の建築が始まったときのもの。

この記事には、
民間資本で建てる鉄筋コンクリートの建物と、
行政資本で建てた木造の建物二つの建築開始と
それにともなって小さな漁村が観光地として
うまれかわるよ、といったことが書いてあります。

民間資本の鉄筋コンクリは今もあります。
ただし民間の運営が伴っていません。
(実はこれに一番の疑問を抱いています…)
木造のは今回建て替えられました。
木造のはドーム型で、
いい建物だったのですが…

そして観光地として今どうなのか?

これはうちの漁村に限った話ではありません。
投じたお金、回収できたかどうか?
理想は、人口が増えて
この漁村が繁栄し続けることなのでしょうが
そうなっているのか?
パーフェクトにするのは難しい問題でしょうが、
住んでる我々が、何か幸せだったら
それでいいのかなと思ったり。

ただ一番大事なのは、若い世代に
残していって大丈夫なのかどうか…
というコトだと、私は思います。


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茶房 海坂

2012.09.16(Sun)

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ラーメン食べた後だったんですが、
コーヒー飲みたくて。
(この流れは仕様ですw)
あ、先日の休日の話です。

病院の送り迎えだったので
病院近くでコーヒーを飲もうと
まだ行ったコトがなく、
噂(てか行ったことのあるうちの奥様の話)
で聞いてたこちらのお店へ。

古民家を改装したのでしょうか?

入って、玄関で靴をぬぐのね…
「おじゃましまーす」みたいなw

カウンターといくつかのボックス?席
とがあって、まだ初来店のその時点で
「次はどこに座ってみようか?」
なんて考えちゃう、
座席を選ぶ楽しみもありました。

音楽はありませんでしたが、
先客の一人のおじさまと、
女性の店主?さんの会話がBGMがわりw




心地良かったのでこうなっちゃいましたw




お庭もステキでした。




古民家とか、お庭とか。
自分ちもこんなふうにしておきたいな~
って思ったり。

今度行ったら、カウンターに座って
店主さんとお話してみよう。
そういや店主さん、
庄内なまりじゃなかったな。
それも今度聴いてみよう。

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見えた!荒倉山から庄内平野。

2012.08.22(Wed)

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娘は本日より2学期スタート。
今朝はみんな重い荷物を持って
登校していきましたっけ。

昨日は、自由研究の追い込みというか
ほぼ制作日数1日で仕上げました。
(父親の構想期間ばかりダラダラでw)

内容については、機会を設けて追々で
このブログでも紹介していけたらなと。


その自由研究のためでしたが、
先日、荒倉山にリベンジしてきました。
車で行けるところなので
登山じゃございませんけどね。

前回上ったところと、
違う登り口があったのでした。
というのをGoogleマップ見ながら発見w

それとこちら参考になりました。
http://www.tulip.sannet.ne.jp/ken-abe/tohoku-shonai-020.htm

なるほど、由良にも通じるというね、
蜂子皇子もこのルートだったりして?w


朝早めの時間に、娘と2人行ったんですが
この日は羽黒山までは見えませんでした、
もやが少しかかってて。
でも、かつて海だったという庄内平野を
しっかり見てきました。
そう考えると海に見えるものですねw




そして、更なるパワースポット、
「荒倉神社」にも足を踏み入れました。

もう石段見ると昇りたくなるというねw


とにかくここはかなりのパワーを感じます。

自分は霊感は全然ないんで?
平気っちゃぁ平気なんですけど、
うす気味悪さからすると
けっこうレベル高いと思いますよ。

さすがに西羽黒と呼ばれただけはある…w


な~んか、山登りはじめてみたいな~w
(まぁしないとも思いつつw)
はじめるんなら、道具から入るけどww

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荒倉山から見る、羽黒山と庄内平野。

2012.08.13(Mon)

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「荒倉山」「荒倉神社」それから
「竹の浦」という地名を知ったのも
春休みに娘と参加した、
羽黒山ミステリーツアーがきっかけ。
それまで何とも思っていませんでした。
家から近いところにあるのに。

そもそも、蜂子皇子は、
由良に舟で漂着して、
“八人の乙女”や“三本足の烏”に
案内されて羽黒山に着いた…
この言い伝えは、
実に簡略化されたものだったことを
そのツアーに参加して知りました。

もっとストーリーはあったのです。
(そりゃそうでしょうよ。)


由良に漂着した蜂子皇子は、
由良の峠と連なる、
荒倉山に登ったのだそうです。
そこから、真東に見える
羽黒山の場所を確認し、
羽黒山を目指したというのです。


そんなことを再研究するのが、
今年の娘の自由研究なのですが…

下調べはいろいろしてはいるものの、
レポートについては手つかずの状況…
あと1週間ないんですけど、夏休み…。


先日、
羽黒山には家族三人で登ってきましたが、
同じ日、荒倉山にも登ってみよう思い、
行ってみたのですが、正直なところ、
人が入れるようなところじゃ
ありませんでしたよ…なかなかのパワスポ!

石段があるんですけど、
苔が生えてて非常に薄気味悪かったですw
怖がる妻子を車に残し、
親父だけ見てきました。
ここから羽黒山を望んでみたかったのですが
それは無理でした。


話は変わって羽黒山ですが、
五重塔があるあたりは、
大昔、大きな大きな庭だったと聞きました。
滝もありますが、
あれも大昔に作った人工の滝だと。

大昔の人たちは、
羽黒山の辺りに都のようにして
住める場所を作ろうとしたんだろうなと。

そしてそこしか住める場所がなかった…

それを調べる自由研究になりそう。
そこまで全部は、
今年だけでは調べきれないだろうけど。




こっちは羽黒山の。

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鶴岡駅を考える~鶴岡にはなぜ赤瓦の建造物が多くあるのか?と市全体のゾーニング

2012.04.06(Fri)

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*「鶴岡ステーションフロントのアーバンデザイン」の発表を聞いての感想を、あくまで個人的に述べさせていただいております。


一つ目のグループの発表は、鶴岡の(特に市役所周辺になるわけですが)歴史的建造物の屋根に用いられている「赤瓦」を鶴岡駅周辺建物にも用い、駅という街の顔となる(人をお迎えする)場所で、鶴岡を印象付けようという内容(すみません、おおざっぱな説明で…)でした。

ところでの話なのですが。鶴岡に残る歴史的建造物の数々が“赤い屋根”だというのは、住んでいる我々ならよく知っていますが、ではなぜ、屋根が赤いのか?というのは、私たちでも認識不足なのではないでしょうか。「赤い=西洋建築?」のようなイメージしかないかもしれませんね。でも西洋建築なのに“瓦屋根”なんですよね。

(発表なさった)地元建築士の方々にしてみれば、そのへんのことはもう知識としておありでしょうし、それと今回グループ毎の発表の時間枠が結構短かったので、詳しい説明は割愛されていたのかもしれません。そこがちょっと残念でした。なぜ鶴岡に赤瓦なのか?(資料にも詳しく(歴史的背景)は記載されておらず、発表になくても資料に入れてあるといいなと思いました)。

私の認識では、現致道博物館内の二つの建物や、場所が離れますが現松ヶ岡開墾記念館の赤瓦は、鶴岡城が取り壊された際の、お城の屋根が再利用されている、と覚えています。また、それら西洋建築がなぜ鶴岡(だけじゃないわけですが)に建てられたのか?は、明治維新や文明開化と深く関係があったことも、一応は知っておりますが…

という内容については、こちら鶴岡市観光連盟のホームページにわかりやすく記されていますのでご覧下さい。

鶴岡市観光連盟~文明開化の名棟梁 高橋兼吉

そんな歴史的背景を、プレゼンの中に盛り込んでもらえると、プレゼン自体がすごく面白いものになったと思います。すみません、私としては今回“プレゼンを楽しむ”という参加目的もあったものですから、そんな視点もありましてw

駅周辺に赤瓦を用いた建物および景観という発想については、素敵なプランだなと思いましたが、個人的には、実際鶴岡の中心市街地(市役所周辺)にそれら歴史的建造物が多くあるので…新しく赤瓦の景観を駅周辺に作らなくてもいいんじゃないか…と思ってしまいます。決して広くない鶴岡市内です。あちらこちらでいろんな顔を持っていたほうがいいと思うのです。

狭い鶴岡で、かつゾーニングで考えれば、似たような機能、景観を混在させないほうがいいと思うのです。私は、今の鶴岡市には、ゾーンで考えた場合、機能性を持ったゾーンがいくつかあると思っています。

一つが市役所周辺なわけですが、行政機能が集まっているのは言うまでもありませんが、赤瓦、赤い屋根の建物がいくつもあり、歴史的建造物(古くから残される街並み)を楽しめる、観光の機能も持ったゾーンだと思います。

もう一つが、小真木原周辺の運動公園です。今ではほとんどのスポーツ施設が集約されました(あとはプールくらいですか?)。

広域合併後の鶴岡市を見れば、他にもいろいろなゾーン、機能が点在していると思います。それらいろんな“顔”があるなかで、駅前はどうあるべきか?という考え方だったらいいなと思うんですね。

私は、駅周辺は、鶴岡の中で一番“新しい”ゾーンであってほしいと思っています。抽象的な表現ですが。


とこのへんで、次のプレゼンの話へと移らせて頂きます。

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▼ プロフィール

コータ

Author:コータ
ご覧頂きありがとうございます。

好きなモノと
音楽のコトを書いています。

手帳ネタがメインになってから、
ライフハック的な投稿が
多くなっていますが、
モノでは「吉田カバン」、
音楽では「鈴木祥子」さんのコト
を中心に書きたくてスタート。

あまり先駆けた情報はないですが
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